サッカーとフェアプレー

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今大会のワールドカップは今までのワールドカップに比べてフェアプレーというのが話題になった。日本が決勝トーナメントに行けたのもフェアプレーポイント(フェアプレーの賜物)の差だし、グループリーグのイングランドとベルギーも直接対決で同点だった場合、フェアプレーポイントの差で順位が決まることになっていた。また、それとは別にピッチ上のフェアプレーという点で選手のシュミレーションをVARを使って判定するということもあった。

日本が決勝トーナメントに行った事によってフットボールの関心が高まったと思う。それと同時に様々な面でフットボールがいかにフェアプレーとは縁遠いスポーツかというのを知った人もいると思う。ちょっと色々と話題になったので、フットボールとフェアプレーの関係について個人的に思う所を書いてみる。

カードの枚数よりも重要なフェアプレー

今回話題になったフェアプレーポイントは警告の数で決まる。目に視えるフェアプレーの結果はカードの枚数が良いと思う。しかし、ピッチの目に見えない所はフェアプレーとは縁遠い。挑発、小競り合いやシュミレーションはもちろん、2006年のワールドカップ決勝でも今回よりも深刻かつ、ひどい意味でフェアプレーという事が取り上げられる事があったし(ジダンとマテラッツィの事件)、4.5年前は欧州各国リーグで人種差別問題が度々話題になった。(スアレスとエブラの事件やダニエウ・アウベスに対するファンの行為)

2018年のロシアワールドカップで日本のフェアプレーの意味が問われたのは上記のそれとは異なるが、ピッチの視えにくい所に存在する問題を知っている人ならば、今回の日本のフェアプレーの是非なんてそんな重要な問題でもないと思うし、それよりかは人種差別とか挑発等の目に視えない所での行為の方がフェアプレーとしてどうなの?と思うだろう。

この目に視えにくい所での挑発は試合を有利に進めるために百歩譲って許せるにしても、一番ややこしいのが人種差別問題だ。人種差別問題は”何が人種差別・人種差別行為なのか”という事から知らなければならないし、それを理解した時から人種差別が始まる=(人種差別はある意味、無知であるとか知らない方が幸せだったりする。所謂、知らぬが仏。)おまけにそれを知ったからと言ってどうしようもない。

日本がこういう問題とは縁遠いのは日本という国の90%以上が同人種であるから縁遠いのだろうけど、今回の日本のフェアプレーの是非を問うなら、ピッチ上にある視えにくいフェアプレーの問題も考えて欲しかったと思う。

知れば知るほど面白い

ピッチ上の視えにくい問題はフェアプレーとかスポーツマンシップとは真逆の世界だが、こういう実情は知れば知るほど面白かったりする。清濁併せ呑むというやつで人種差別を行った疑惑のある選手が人種差別の対抗に称賛する行為をしたり、一番最初に触れたVARでシュミレーションがバレて試合展開が変わったり、フェアプレーに徹すれば、試合後はいい試合だったと称賛されたりで毎節コメディーやドラマがある。このコメディーとドラマの連続性がフットボールの歴史になるし、社会が見えたりその国の文化を知れる。おそらく、フットボールが好きな人はその連続性が好きな人も多いと思うし、こういう目に視えにくい問題に目を向けるのもフットボールの楽しみ方の1つだと思う。

それでは!

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