AKBの選挙で結婚宣言したNMB48・須藤凜々花の発言から考えるアイドルと憲法9条

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もう今更ニュースソースを書かないが、NMB48の須藤凛々花がAKB総選挙で結婚宣言した。まぁーこんな子が結婚しようがしまいが、わいにはどーでもいいことなんだが、ネットの反応を見ていると未だにアイドルにファンが居ることにびっくりした。というか、まだアイドルという非現実が良いの?なんて思う。そして、アイドルにがっつりハマっているTwitterとかみていると日本は平和だなと思った。

それもそうだが、2位の渡辺麻友が卒業発表したが、上記の子の発言からあまり話題にもならない。ながーい事AKBに居て、アイドルとしてのAKBを支えていた(っぽい)娘が卒業するのにその世間の無関心具合とかニュースにならない具合から、どうも結婚宣言に喰われた感があり、本人も今までの時間や努力を返してなんて思ってりするかもしれませんね。

上記の娘がファンを裏切ったとするならば、渡辺麻友もまたファンから裏切られた。みたいな心情かもしれません。一番は自身のために頑張ってきたでしょうが、もう一つは組織の為になんていう心情もあったと思います。それがあんなポッと出の娘の炎上系のニュースに喰われたわけですから。

コツコツとヒットを重ねてとった2点より、9回裏の逆転満塁ホームランが褒められるのが、今の常なのかもしれません。

アイドルって何?

そもそも論なんだが、アイドルなんてただの偶像ですよね。アイドルで辞書を引いてみると良いです。偶像や聖像でできます。もっといえば英語のアイドルのルーツはギリシャ語で「エイドーロン」から派生しています。この「エイドーロン」は幽霊とか実体のない物などを意味します。

日本のアイドルは幽霊でしょうか?偶像でしょうか?どちらかと言えば「とても愛されている人」というようなニュアンスが強いし、熱狂的な人気がある可愛い・かっこいいタレントたちを指す言葉になっているでしょう。まぁ、このアイドルと言う言葉も日本にきて、いい意味でも悪い意味でも進化して定着しているのは確かです。

日本のアイドル文化と憲法9条

で、この日本のアイドル文化と憲法9条はとーても問題の本質は似ていると思っています。憲法9条はまぁー「日本は世界の平和や良心(偶像・実体のないもの)を信じているから、日本は軍隊や兵器を始めとする武力を持ちませんよー」みたいな事を書いてるわけです。

ここには賛否両論あるわけですが、現実としては海挟んだ隣国からミサイル飛んできたり、隣国の大国が漁船の体裁で遊びに来たりして、とてもじゃないけど平和や良心(偶像・実体のないもの)があるとは思いません。

それと同時に日本のアイドル文化も「日本のアイドルは常にファンの期待に答える可愛い存在」や「清廉潔白・巫女のような神の使い」みたいな崇高で実体のない者とするところがあります。

しかし、実際はどうでしょう?アイドルしながら結婚宣言したり、飲酒したりイケメンと付き合ったり、過去の男に交際バラされたりして、とてもじゃないけど、偶像やアイドル像の体裁を保ててません。それもそうです。だって1日の半分はふつーな娘なんだもん。ファンの前でやるのは神聖化された商品としての立ち振舞でしかないわけです。

それなのに未だに必要以上に偶像化や神聖化している風潮が有ると思います。で、なければ司会のおっさんも「今何を話しているか分かる?」なんて聞かないはずです。あれは「女や人間(現実)としての現実の話をするのではく、アイドル(偶像や神聖化された者)としての役割分かってんの?」なんていう意味だし。

確かにAKBの売り方というのは凄く良いものだと思う。ふつーな娘達を集めてパッケージ化して売る。個人に売り方を当て嵌めるのではなく、売り方に個人を当て嵌めるという感じだと思う。

日本のアイドル文化も憲法9条も昔はそれでよかったかもしれないが、現代ではもう無理がある。今一度この2つに存在する偶像を見直したほうがいいんじゃないの?なんてわいは思います。

それでは。

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