何故外配信で祝電が鳴るのか?

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今も昔もニコ生を観ていると、よく祝電が鳴る。大手の配信者が外配信をしてちょっと店に入って食事したり、商品を物色していれば速攻で鳴る。無論、屋内でもちょっと放送を盛り上げようと非常識な事をしたり、冷静に物事を考えず勢いで行動して、それを配信に載せたりして電話が鳴る。

これは配信者が放送でするネタがなく、なんとか放送を維持しようとしての結果なのだろう。店が特定されるような事(店付近まで配信しながら行く、店名が分かるものが配信に載る)をすれば、祝電がなると分かっててやっている節もあるだろうが、結局は祝電が鳴る配信者というのはリスナーになめられているだけであって、それ以上でもそれ以下でもないと思う。

逆に、リスナーを楽しませている配信とか場所が特定されないような配慮をしていれば鳴らない。祝電が鳴らないというのはそういう準備や防衛策があってはじめてならないのだと思う。

とまぁ、そんな当たり前の事を書いても面白くないので、ワイなりに思うことを書いてみる。

組織力がない

TVのロケでトラブルがないのは、その放送の裏に多く人が動いているのは容易に想像できると思う。生中継中は店に他の客を入れない、店側の全面的な協力や雑情報・雑音を放送に載せない、ロケスペースの確保、尺を取りすぎない、視聴者をしらけさせない等々・・・。様々な人や組織の入念な準備と段取りがあって、初めて成立している。ようは手間と金がかかっているのだ。

他方、配信者の外配信なんて組織力や金の力の欠片もない。ゲリラ的に店に押しかけて、力押しで話を進める。だからこそ、攻めたい放題なわけで祝電がなるのだろう。あーゆー状況を観るとつくづく、段取り八分、仕事二分を実感する。

空気を読んでいる

「空気」の研究 (文春文庫)

配信で祝電をしている人間ってはその放送の凄い中心人物だ。別にこれはモラル的に良い悪いの話でもなく、多くの日本人は組織が人格の一部になっていると思うので、その認識が祝電につながっているのだ。つまり、祝電をしている人ってのはその配信や放送、コミュニティが自身のアイデンティティーの1つであり、そこで存在感を示したいのだと思う。別に配信を暇つぶし程度で観ている人間はそんな労力を費やさない。

終戦間際に戦艦大和の海上特攻を指示した小沢治三郎が「全般の空気よりして、その当時も今日も当然と思う。多少の成算はあった。次長たりし僕に一番の責任あり」なんて言って、空気で動いた様に、別に祝電している人間も配信上で何らかの成果が欲しいから祝電しているわけでもなく、配信の空気を読んで、祝電しているだけだと思う。

結局、外配信で配信者が店に入って、多くのリスナーがそことなく期待している”祝電”というイベントに答える為に祝電しているだけで、その放送やコミュニティの空気を非常に読んでいるのだ。

だから、その放送の凄い中心人物だであると同時に、面白くない(リスナーが配信に集中できてない)配信こそ祝電がなるのだと思う。

匿名だから

祝電と匿名は非常に相性が良い。本来匿名とは、被通報者からの報復や嫌がらせから保護する為の制度である。だから、祝電する人間が身元を割られそうになった時、「報復されるのが嫌なので匿名でお願いします」とか言って体裁を保てば、それはそれで筋が通るのだ。

また、別に配信で悪い事して無くても、電話で理不尽な事を言えば、なんだかんだ電話している人間は潜在的な客で、客に対して強く出れない日本特有の事情もあるのだ。

店も配信者さえ追い出せば、余計な仕事が増えないから、「何か状況が良くわからないけど、とりあえず追い出せばいいだろう」程度にしか考えないのだ。

最後に

ここまでワイが思うことを書いてきたが、今後も祝電が鳴る配信は永遠となるだろう。まぁーそれもしょうがない。祝電が多くなるニコ生は基本的に匿名であるが故に新規参入が多く、あそこまで大きくなったし、その匿名の副産物が祝電なりアンチとかなのだから。

もし、祝電に”本当”に困っているなら、いっその事、店や行政機関とかとグルになって祝電している人間をあぶり出す企画でもしてみてはどうだろうか?変に後になって、祝電に関して配信で愚痴をネタに配信されるより、よっぽどマシだし、面白い企画だと思う。

なんにしろ、祝電が本当に嫌なら何かしらの組織と繋がり対策し、祝電の抑止力を形成するのは必須だと思う。

それでは!

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